2021-01-18

「自然に寄り添って技術の深掘りを!」IHI社長・井手博の「カーボンソリューション」戦略

井手博・IHI社長


防衛の仕事が民間の技術向上に


 IHIは歴史的に、国の根幹を支える防衛産業を担ってきている。足元では航空自衛隊が運用する「F2戦闘機」の後継機種の開発体制づくりが進む。開発主体が三菱重工業、技術支援を米ロッキード・マーチンが担うという体制が固まってきているが、IHIは後継機に搭載が見込まれるエンジンのプロトタイプを手掛けており、重要な役割を担う見通し。

「プロトタイプのエンジンでは世界クラスの推力が出ている。今後も頑張ってやっていきたいという考えは変わらない。防衛産業は、日本企業である以上、しっかりやらなければならないし、我々は歴史的にもやってきた。防衛の仕事があるから、民間の技術向上にもつながる」

 防衛と民間の好循環が回ることが日本の国力にもなるという考え方。「我々が世界クラスのエンジンを作ることができたのも技術的な大きな進歩。日本にはまだ技術的強さはある」と強調。

 日本の重工業メーカーは、IHIが167年、川崎重工業が142年、三菱重工業が136年と長い歴史を持つ。「伝統事業をやりながら新たな技術を生み出し、それを中核事業にするということを繰り返してきた、世界的にも稀有な存在ではないか。この自信は忘れてはいけないと思う」と井手氏。「重厚長大産業」などと呼ばれるが、変化対応を繰り返したことで今があるという認識である。

 その意味で将来にわたって、IHIはどういう存在でありたいと考えているのか?「デジタル活用などでつくり方が変わるし、自前主義ではなくなるという変化はあっても、社会インフラへの貢献という根本、モノづくりの企業であることは変わらない」

 井手氏は20年4月にCOO(最高執行責任者)、6月に社長と、まさにコロナ禍の中での就任。2月25日に内定会見を行い、囲み取材にも応じたが「あれが最後のビフォーコロナだったのではないか」と振り返る。

「感染の状況や事業への影響がわからなかったので6月の株主総会までは手探りが続いたが、11月のプロジェクトChange発表で、少し先を考えることができるようになった」

 会長の満岡次郎氏、相談役の斎藤保氏と航空技術出身の社長が2代続いたが、井手氏は今IHIが注力するエネルギー・環境分野の営業畑出身。同社の変化を象徴する人事といえる

「絶対に諦めない」意地の入札参加


 井手氏は1961年2月大阪府生まれの京都府育ち。83年慶應義塾大学商学部卒業後、石川島播磨重工業(現・IHI)入社。父親は脱サラをして起業したが、当時の電子計算機の関連技術で特許を持っていたという。「父は経営者だったが、近くで見ていて本当に大変そうだと思った」。井手氏は長男だが、早くから家業を継がずに家を出ようと考えていたという。

 大学では国際経済学のゼミを専攻していたこともあり、海外で仕事をしたいという思いを持っていた。ただ、学生ながらに日米自動車摩擦の激しさを見るにつけ「摩擦のない貿易はないのだろうか? 」と考えて、辿り着いたのがプラント輸出。そうして人の縁もあり、石川島播磨重工に入社したという経緯。

「仕事は厳しかったが、先輩方は本当に面倒を見てくれたし、仕事を任せてくれた。失敗しても『任せたのは俺だから』といって怒らない。本当に鍛えてもらったと感じる」(井手氏)

 忘れられない仕事は、フィリピンのプロジェクトで参加した入札。現地の民間企業との良好な関係を受けての参加だったが、フタを開けてみると、何と「7社中9位」という結果に。他社の代案にも負けるという完敗だった。この結果に納得がいかなかった井手氏が調べてみると石川島播磨重工の製品はそこまで高くなかったが、パートナー企業の製品価格が高かった。

 そこで井手氏はパートナー探しのために世界中を回り、1社を口説き落としてはフィリピンに行ってプレゼンテーション、価格交渉を繰り返した。

 最後の頼みの綱だった企業との組み合わせでも成約せず、失意のうちにフィリピンから夜行便に乗って帰国したが、諦められない井手氏は成田空港からの帰路で、当時の上司に電話をし、「実績はないが、もう1社だけ提案させて欲しい」と直訴。

 その企業は日本企業だったが、これまで付き合いがない。アポなしで訪ねて用件を伝えたところ、先方からは「ちょうどそういう仕事がしたかったところだ」との返事。1週間後にフィリピンに飛び、交渉したところ、ついに成約に至った。

「お客様からも上司からも『しつこい奴だな』と言われた(笑)。しかし諦めたら終わりだと思っていたし、『これはやらなければならない』と思ったものは基本的に諦めない」

 コロナ禍が終息せず、世の中の流れも大きく動く中、IHIを取り巻く環境が厳しいことは間違いない。だが、そうした中を乗り切り、「自然と調和した」新たな企業の姿を築く時に、この井手氏の「粘り腰」の発揮が求められるだろう。

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事