2021-01-18

「自然に寄り添って技術の深掘りを!」IHI社長・井手博の「カーボンソリューション」戦略

井手博・IHI社長

「現実に稼働している設備のCO2を削減しながら、次世代技術も開発していく」と話すのは、IHI社長の井手博氏。2050年に実質的にCO2ゼロを目指して、日本を始め世界中の国が動く中、井手氏は「自然と技術の調和」を掲げる。自然を制するのではなく、寄り添うことに技術を使うという意味で、これまでとは違う意識で事業に臨むことになる。井手氏の目指すものとは─。

航空機エンジンに続く新たな事業の柱を


「コロナ禍は我々の主力事業である航空機エンジン事業に相当なインパクトを与えた」と話すのはIHI社長の井手博氏。

 新型コロナウイルス感染拡大は、人々のグローバルな移動を制限するという形で航空産業に悪影響を与えた。2020年3月期でIHIの連結営業利益に占める航空・宇宙分野の割合は66%に上るだけに大きな痛手。

 また、自動車関連では動力性能を高める「ターボチャージャー」や自動車部品の表面処理といった仕事を手掛けている。「当初は大きく響くだろうと思っていたが、中国の需要が戻ったので、現状は想定よりは改善している」(井手氏)という。21年3月期の業績は、売上高にあたる売上収益が前期比8・7%減の1兆1500億円、営業利益は同58・3%減の200億円を見込む。

 IHIでは大型工事が一巡、次の新たなプロジェクトが動き出すという設計段階にあるため、人手を要さないことが現状では幸いしているようだが、コロナ禍がさらに長期化した場合、特に海外での建設工事などのプロジェクトへの影響が懸念され、予断を許さない。「我々の航空・宇宙事業は大きなインパクトを受けたが、他の事業が支えてくれたという意味では助かっている」(井手氏)

 航空需要の回復について、IATA(国際航空運送協会)はコロナ以前の水準に戻るのは24年という見通しを示しているが「旅客需要の戻りという意味ではその通り。しかし、我々が手掛けているのは新型エンジンで燃費がよく、運航コストが下がるため、需要が戻った時に中心になる」という。そのため旅客需要より一足早い22年には相当程度需要が戻ると見る。

 例えばIHIはエアバスの最新機種「A320neo」のエンジンを共同開発。また、貨物輸送に使用されるボーイング「787」のエンジンも手掛けており、こうした最新鋭中型機の低燃費エンジンに携わることがプラスに働く可能性がある。

 ただ、航空機エンジンに利益の多くを依存する状況には危うさがある、ということがコロナ禍で浮き彫りとなった。一朝一夕には難しいが第2、第3の柱を立てるといった、事業構造の見直しは大きな課題。

 IHIはコロナ禍を受けて、21年度までの中期経営計画を見直し、20年11月10日に20~22年度までの「プロジェクトChange」を発表。前中計の方針は踏まえつつ、次の中計に向けた「準備移行期間」と位置づけ、アフターコロナを見据えた事業の方向性を模索する。

「航空機エンジン事業がこれからも中核であることは変わらない。その上で、航空機エンジンと対をなすような、バランスの取れた事業構造をつくらなければならない」と井手氏。

 プロジェクトChangeでは「成長事業創出」を掲げ、航空機分野の他、「カーボンソリューション」、「保全・防災・減災」をターゲットとする。例えば老朽化した橋梁など社会インフラの整備、更新は世界共通の課題。「この分野は我々の強み。この強みをさらに強くする」

 社内の意識変化も求められる。これまではプラントなどを納入する「売り切り」になることが多かったが、メンテナンスなどアフターサービスで関係を継続し、そこから収益を上げるモデルへの変革が必要。

「私もそうだったが、当社への入社の動機は『海外で大きなプラントをつくりたい』ということが多く、新設に目が行く。保守・管理は地味な仕事だが、単にそこから利益を上げるだけでなく、お客様に納めた後、よりよく運用してもらう中で、そこから新製品開発につなげていかなければならない」(井手氏)

 今、IHIでは保守・管理などの分野を「ライフサイクルビジネス」と位置づけ、製品のライフサイクル全てに寄り添い、よりよい製品づくりにつなげていくという目標を持つ。

 例えばマレーシア、インドネシアなど東南アジアに石炭火力発電プラントを建設してきたが、サービス拠点やエンジニアリング会社、建設会社、ボイラー工場なども持つ。この拠点の力を高めることがライフサイクルビジネスの強化につながる。

 また、「カーボンソリューション」は今、世界的な潮流となっている脱炭素を目指す取り組みだが、短期と長期の視点が求められる難しい分野。

 脱炭素の流れの中で石炭火力発電は減少の一途。IHIのプラント事業、発電用ボイラーへの影響は必至。「石炭火力がなくなっていくことは仕方がない。しかし我々は供給した責任があり、現実に稼働している設備のCO2を低減する努力をしなければならない」

 長期では、例えばCCS(Carbon dioxide Capture andStorage=二酸化炭素回収・貯留)技術の確立や水素社会の実現が目標となるが、時間がかかる。そのため短期で既存設備から出るCO2を減らす取り組みを進めながら、長期の技術開発を同時並行で行う。

自然と技術の調和を目指して


 日本でも菅義偉首相が2050年にCO2の実質ゼロ、カーボンニュートラルの実現を目指すことを宣言するなど、世界的な潮流が強まる。前述のようにIHIの事業そのものにも影響を及ぼす動きだが、井手氏はこの流れをどう捉えているのか。

「単純化してはいけないと思っている。『Aか、Bか』という選択ではないし、長い時間の中で技術をつくり、問題解決を繰り返してきた歴史がある。先程言ったように、悪いと言われる設備の動かし方を工夫しながらCO2を低減し、その中で技術を開発していく。我々はその両方をやらなければならない」

 その中で原資を稼ぎ、水素など次世代技術への投資に回すというサイクルを目指す。現在も福島県相馬市に水素研究棟「そうまラボ」を開所して実験をしている他、兵庫県相生市の相生工場では、燃焼してもCO2を発生しないアンモニアを燃料に使用し、既存石炭火力の環境負荷低減のための研究を進める。

 もう一つ、世界で強まるのが自動車の電動化。その中でも電気自動車(EV)を押す流れがあるが、EV化は自動車の産業構造を一変させかねないだけに関係者の危機感は強い。IHIは前述の通り、ターボチャージャーというエンジンの動力性能を高める部品に強みを持つだけに対応が必要。

「EVは電池の性能や価格、インフラ整備などがどうなるかはまだ見えないため、ターボチャージャーはまだ頑張らないといけない。一方、電動化に向けてハイブリッド車、燃料電池車の電動アシストターボなどの技術開発を進めている。これは石炭火力への考え方と同じ。足元の現実を踏まえなければ、本当に意味でCO2は減らないのではないか」と井手氏。

 IHIは「プロジェクトChange」の中で「自然と技術が調和する社会」の実現を掲げた。なぜ「環境」ではなく「自然」という言葉を使ったのか。

「我々の経営理念の1つは『技術をもって社会の発展に貢献する』だが、技術を突き詰めた結果が今の気候変動にもつながっていることを考えると、技術は自然に寄り添わなくてはならない。技術が自然の対極にあってはならないと考えた。ツケは次世代の負担になってしまう」

 技術の進化速度を抑えてでも一度立ち止まり、自然と調和させる必要があるという決意。

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