2021-01-12

日本商工会議所会頭・三村明夫「今は生き抜くことに注力、そして事業を育てるステージへ」

三村明夫・日本商工会議所会頭


賃金引き上げ問題は生産性問題に直結


 賃金問題は先にも触れたが、改めて生産性との絡みで考えてみよう。最低賃金を上げることで、日本のトータルの生産性が上がる、という主張もある。

 しかし、一方で最低賃金引き上げはギリギリで踏ん張っている中小企業をさらに不利にさせるという現実を無視できないという三村氏の反論。

「今やるべき事は雇用を守り、事業を継続すること」と三村氏。

 本来、賃金は社会全般の賃金アップ率、物価上昇率、GDPの伸び率などを勘案して決める。さらには企業の支払い能力、働く側の希望などを総合的に勘案すべきものだが、ここ数年間は政府の経済財政諮問会議の意向が優先し、最低賃金は〝3%引き上げ〟が決められてきた。

 賃金水準を決めるのは状況によって違うし、またコロナ危機のように年によって違うのではないかという三村氏の反論。

 最低賃金をめぐる主張は人によって違ってくるが、「日本の生産性は中小企業だけでなく、大企業も含めて低い」ということにおいては、各人の意見は一致する。生産性が上がれば賃金引き上げの原資が生まれる。

 従って、「日本全体の生産性をどうやって引き上げていくかを真剣に議論しようじゃないか」という三村氏の訴えである。

デジタル化、M&Aなどで経営体質を強化


 コロナ危機は生き方・働き方を変える転機ともなり、幾つかの気付きを与えてくれた。「ええ、例えば東京のテレワークの実施率は20年5~6月の調査では67%まで上がった。その中で従業員30人未満の小規模事業者のデジタル化も45%にまで達したんです。デジタル化の典型的な例であるテレワークを多くの中小企業が体験したし、経営者の目を開かせたわけです」

 今のデジタル革命は「中小企業のデジタル化を後押し、あるいは強く牽引する1つの大きなモチベーションになる」と分析。

 もう1つ、事業承継をどう進めていくかという命題があり、これは企業の再編、M&A(合併・買収)にもつながる。「大事なことは、規模の拡大だけを目標とするのではなくて、体質を強化するやり方があっていいということ」

 M&Aは今、中小企業の間でも事業承継と絡まって広がる。

 三村氏は中小企業の体質を強化するという観点から、「M&Aがやりやすいような税制措置も必要」と訴える。

渋沢栄一の思想を今日に生かして


 企業には〝強み〟と〝弱み〟の両方がある。では日本の企業の〝強み〟や特徴とは何か?「強調したいのは、日本には百年以上の歴史を持つ企業が約5万社あるということ。今、日本の企業数は約360万社。ですから1%以上が百年企業です。これらの企業は今回のコロナ危機よりももっと厳しい戦争とか、市場の失敗によるバブル崩壊、こういうものを体験し、それを乗り越えてきている」

 幾多の危機や試練の中を生き抜いてきたということ。〝二百年企業〟でいえば、日本は3000社以上、2位のドイツ(約1500社)、3位のフランス(約300社)よりはるかに多く、世界一の数を誇る。

 長寿企業として存続しているということは、時代や環境変化に対応し、生き抜く知恵を発揮してきたということ。「今回、事業変革をやろうとしている企業の割合は大企業よりも中小企業の方が多いです。中小企業特有の弱みはありますが、一番の強みは何かといったら自
分の企業を変化させる能力。これは大企業よりもはるかに備わっていると思うんですね。自分が大企業の経営者だったからよく分かりますが、大企業のトップは現場で何が起こっているかの把握がなかなか難しい。ところが、中小企業は経営と現場が近く、経営者が決断すればすぐに変革することができる」

 企業を変えようと思えば、トップの決断で中小企業は素早くすることができる。そういう能力が中小企業には備わっていると三村氏は強調。

 1878年(明治11年)に東京商法会議所(現在の東京商工会議所)を設立し、初代会頭に就任した渋沢栄一。日本資本主義の親といわれる渋沢が設立した会社は481社。このうち296社が生き残り、さらに合併して185社が現存。長寿となる理由は何か?

 東京ガス、みずほ銀行、帝国ホテル、清水建設といった電気・ガスや鉄道、金融などのインフラ産業を興したということもあるが、経営の基礎に、「渋沢栄一の思想が連綿と生き続けているから」と三村氏は強調。

 渋沢は『論語と算盤』という生き方を唱え、経営に倫理性を取り入れることで持続性のある企業経営を目指した。「ただ単に短期的な利益を求めないで、社会との共存、協調を大事にする。私益と公益を高い次元で両立させる。言葉で表すのは簡単だけれども、これを実行するのは本当に難しいことなんですが、そういう思想が根付いている気がします」

 持続性のある企業経営を─。公益と私益を両立させ、時代の変革期を生き抜く企業は強い。

本誌主幹・村田博文

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