2021-01-12

日本商工会議所会頭・三村明夫「今は生き抜くことに注力、そして事業を育てるステージへ」

三村明夫・日本商工会議所会頭


中小企業の付加価値は大企業に吸い上げられて


 中小企業が生み出す付加価値を労務費で割った分配率は平均で70数%。小規模企業によっては80%以上にもなる。

 つまり、付加価値の大部分が人件費に喰われているのが現状。この状況下で、最低賃金を引き上げるということは、「設備投資が抑制され、生産性向上の阻害要因になります」と悪循環に陥ることを三村氏は懸念。

 では、賃金の原資となる付加価値をどう引き上げていくか?「1つはデジタル化の推進により生産性を高めること。もう1つは取引価格を適正化することです」と三村氏は強調。

 しかし、ここでも中小企業特有の弱みが影を落とす。「中小製造業を例に取ってみれば、過去20年間、大企業の値下げ要請に応える形で取引価格は低下してきたという事実がある」

 かつては、中小企業の実質労働生産性の伸び率は、総じて年率3~5%程度で、大企業と遜色ない水準だったが、「95~99年度以降、適切な価格転嫁が行われず、結果として、中小企業の生産性の見た目の伸び率は1%程度に低迷している」。

 そういう状況下、課題解決にどう動いていくべきか?「例えばコストアップがあれば、それはサプライチェーン全体でフェアに負担しようじゃないか」と三村氏は訴える。

 サプライチェーン、モノやサービスを提供する供給網は大企業も中小企業も関わっている。いわば運命共同体的な要素があり、同じ船に乗って、同じ事業目的を遂行しようとしているわけで、運営にかかわるコストはフェア(公正、公平)に負担するのが筋だという訴えである。

 今は、日本全体でDX(デジタルトランスフォーメーション)、デジタル革命に取り掛かっていくとき。

 デジタル化の点で遅れを取っているといわれる中小企業にとって、デジタル化は喫緊の課題。

 同時に、サプライチェーン全体のデジタル化を図らなければ、大企業にとってもメリットは生まれない。

 だから、1次下請け、2次下請けを含めて、「大企業には中小企業を含めたサプライチェーン全体のデジタル化を進めるべく協力して欲しい」と三村氏は呼びかける。

 デジタル革命は、かつて永野重雄氏が唱えた『石垣論』、つまり大中小の石がうまく組み合わされてこそ、その強さを発揮できるし、また実践の場になるという考え方。

 大企業も、コロナ危機下にあって需要が吹き飛ぶ現実の中で苦吟。原価引き下げ(コストダウン)の努力が要求されているわけだが、取引相手の中小企業にシワ寄せしてこなかったかどうかの留意も必要であろう。

『はやぶさ2』に見る、町工場の技術のすごさ


 小惑星探査機『はやぶさ2』が地球から約3億4000万㌔も離れた小惑星『RYUGU(リュウグウ)』の石や砂を採集したカプセルを地球に戻してきた─というニュースは人々に喜びと希望を与えてくれた。

 カプセルは6年ぶりの帰還。『はやぶさ2』はいったん地球に近づきながらも、再び逆噴射をきかせて宇宙探査の旅に向かった。地球帰還は11年後のこと。

 未知の世界の解明に挑む『はやぶさ2』のコーディネートを担うのはJAXA(宇宙航空研究開発機構)だが、この探査に関わる企業は300社近くある。

 この中には町工場の持つ精巧な技術も活用された。1㌢にも満たない小さな部品だが、カプセルを押し出すスプリングと『はやぶさ2』本体をつなぐという重要な役割も担った。

 カプセルが地球に還る時の最後の飛行を無事に行うパラシュートも中小企業の知恵で製作された。

 こうした技術の集積が、大企業の技術と組み合わされて、はるか彼方の小惑星の砂石採集ができ、それを地球に持ち帰るという快挙を支えたのである。

 まさに、石垣論の宇宙探査領域での実践である。日本の中小企業、町工場には秀れた技術やノウハウが磨かれ、集積されているという事実。「後世に残すべきキラリと輝く技術を持つ中小企業、スタートアップ企業は数多くあります」と三村氏も念押しする。

 ただ、そうした秀れた技術が取引先の大企業に吸い取られてしまうケースもある。大企業との力関係では弱い立場にある中小企業はこうした事例に〝泣き寝入り〟せざるを得なかった。

 こうした状況を打破しようと、三村氏たちは大企業と中小企業が対等に提携するオープンイノベーションの考え方を採用。そして「規模の小さな企業といえども、大切な技術や知財がきちんと保護されるようなフェアな取引をしていこう」と関係者に呼び掛けてきた。

 こうした考えは徐々に浸透し、その趣旨を反映させたパートナーシップ宣言に同意する企業は現在、667社にまで増加。

 経済産業省もこの運動を後押しし、梶山弘志経産大臣も、「ぜひとも1000社まで増やしたい」という意向を表明。

 とかく国内の中小企業政策は社会政策として捉えられがちだったが、三村氏が語る。「産業政策としての中小企業政策。それは中小企業のためにもなり、日本経済のためにもなる政策。それが、われわれが望む政策のあり方です」

 自立・自助を基本に臨むとして、現実には中小企業は〝弱み〟を抱えており、その〝弱み〟をきちんと認識したマクロ政策は日本全体の生産性を上げていくうえで必要という三村氏の考え。

本誌主幹・村田博文

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