2021-01-12

日本商工会議所会頭・三村明夫「今は生き抜くことに注力、そして事業を育てるステージへ」

三村明夫・日本商工会議所会頭

「今は、みんなが生き抜く時期。それから事業変革を考えるステージに移行していく」─。日本の企業総数(約360万社)のうち99.7%は中小企業。その中小企業の振興を担う日本商工会議所会頭・三村明夫氏はコロナ危機生き抜きのため、「自ら考えて、自分の会社を変えるための時間がほしい」と強調。日本の企業の強さは長寿であること。100年以上の歴史を誇る企業は約5万社で世界一。これまでも戦争、バブル崩壊、リーマン・ショックと「幾多の危機を乗り切ってきた」と三村氏は語り、今回の対コロナ禍、そしてデジタル化という課題については、「基本は自助で臨むが、補助も望みたい」と訴える。さらには、日本全体の課題として、中小企業の悩みは大企業との力関係の弱さをどう克服するかだと強調。「中小企業は、大企業の値下げ要請に応える形で取引価格は低下してきた」という現実を踏まえ、大企業を含むサプライチェーン全体で、デジタル革命や取引価格改革に取り組み、日本全体の生産性向上へつなごう─という三村氏の訴えだ。

コロナ危機下、雇用を何とか守り続ける努力


「今回のコロナ危機では、大企業もそうですが、中小企業の対応で特徴的なのは、全体としてみれば従業員をあまり解雇しなかったことです。緊急事態宣言の間もそうですし、我々の9月時点の調査でも、従業員の人員整理を実施・検討した企業は4・3%しかありません。ほとんどの企業は休業を増やして雇用調整助成金を受け取る、新規採用を抑制するなど、様々な形で雇用に手を付けずに、ギリギリ頑張ってきた。失業率の上昇も現時点では緩やかな状況です」

 休業という形でコロナ危機の最悪期を乗り切り、雇用調整には手をつけないで10月位までは何とか対応してきたという日本商工会議所会頭・三村明夫氏(東京商工会議所会頭)の述懐。

 コロナ禍は日本の経済のみならず、世界経済を直撃。人の移動や活動を抑制し、観光・宿泊、外食、航空などはモロに打撃を受け、まさに需要が蒸発してしまった。それでも日本の場合は、大半の企業が雇用を守る方向で踏ん張っている。仕事はないが、雇用を維持するという難しい局面。それで一時的に休業が約600万人まで増えた。それが最近は約200万人で推移。

 日本の就業者数は約6694万人。このうち自営業などを差し引いた雇用者数は約5889万人(2020年10月現在)。

 うち完全失業者数は215万人、失業率は3・1%だが、日本の場合、『休業』という形で雇用を守っているということ。

 日本の企業は、雇用に手をつけないで来ているのである。

 これまでに人手不足が続き、コロナ危機直前まで人手不足で悩む企業は多かった。

 コロナが解決した後、また人手不足の時代が来るという認識の下、人には手を付けたくないという思いが経営者の間にある。「もう1つ、中小企業の経営者にとって、従業員はいわば家族のようなものです。自分達が事業を続けている限り、従業員はリテイン(保持)したいという思いがある」と三村氏。

 三村氏はコロナ危機下で雇用が守られた理由についてこう語る。そして、雇用維持に大きな力の1つとなったのが政府の雇用調整助成金として、「特例措置により1人当たりの上限額を日額1万5000円まで増やしてもらいましたが、これが大きな助けになったことは確かです」と感謝の気持ちを明らかにする。

 感染拡大防止と事業活動の両立─。2020年末になって、コロナ禍は第3波が押し寄せ、全国的に緊張感が高まる。どう、2つの命題を両立させていくかということである。「ある程度、感染対策を強化するというのも必要なことだと思うんです」

 三村氏は現状況で取り得る対策についてこう語る。そして感染状況は地域によって、また時期にも違いがあるし、全国一律にではなく、地域ごとの対応もあり得ると訴える。「一番大きな問題は、現場の声を聞くと、経営者の心が折れて、そろそろ廃業を検討したいといった相談が増えつつあるということ。商工会議所の経営指導員が全国に3400人いるんですが、そこにそうした相談も最近寄せられてきている。これを心配しているんです」。

 100年に1度の人類の危機といわれる今回のコロナ危機。こうしたパンデミック(世界的規模での感染)は今後、10年に1度、いや、3年に1度で起き得るといった見方も強まる。

 今回の危機に際し、「一律にみんなを援助するという段階から、中小企業の体質強化を図りつつ、コロナ禍を契機として自らを変革しようとする企業を応援するステージに同時並行的に移行していくことが必要です。今はまだその時ではありません。今を生き延びさせるという時期。その意味でも時間がほしい」

 雇用調整助成金や経営の持続化給付金などで政府の財政支出も膨らみ、20年度の予算規模は約175兆円( 19 年度当初予算は約102兆円)になった。

 需要蒸発を財政出動で一定程度まかなうということでの財政出動。改めて危機に際して、国、企業そして個人はどういう基本スタンスで臨むべきか─。

自助の精神は当たり前、弱みをいかに克服するか

『自助、共助、公助』という考え方がある。まず、自らに関する事は自立・自助の考えで臨み、会社や地域社会で、互いに支え合う共助で対応する。そして国全体に響くような問題や事柄については財政(税金)を投入し、解決していくということ。 この『自助、共助、公助』の精神について、三村氏は、「これは当たり前の考えだと思います。経済に生きる者として、公助だけなんてあり得ない。自ら努力することが大事。とはいえ、中小企業の場合、特有の弱みがある」と次のように語る。

「弱みとは何かと言ったら、財務力が弱い。ちょっとした変動でも影響が大きい。肝腎のデジタル化をしようにも、ノウハウを持った人材が社内にいない。あるいは経営者自身もこれについてはどうしたらいいのか分からない。今は、そういう事がなくなってきたんですが、当初はデジタル化にはお金がかかるものと思い込んでいた。そういった3つの大きなネックがあってなかなか進まなかったんです。中小企業のデジタル化については何らかの助けが必要だということが言えます」

 日本の中小企業の中には技術、その他のノウハウにしても優れたものを持っている所もある。それを海外市場で展開しようとしてもハードルが高い。

 最近は世界各地に拠点を持つジェトロ(日本貿易振興機構)が後押しすることも増えてきた。「ええ、われわれはジェトロとは業務提携を結んでおり、よく助けてもらっています」と三村氏は語り、次のように続ける。

「中小企業は自助の精神でいく。それはその通りだと思う。しかし、中小企業特有の弱みもあるので、こういうものについては一部助けながら中小企業の変革を促進させる。こういうことが必要だと思っています」

大中小の石の組み合わせで石垣は強くなる!


 三村氏は新日本製鉄(現日本製鉄)社長、会長を歴任、日本鉄鋼連盟会長や経団連副会長などを経て、2013年(平成25年)11月、第19代東京商工会議所会頭(日本商工会議所会頭を兼任)に就任。

 大企業の経営のカジ取りを経験してきた三村氏は、中小企業振興を図る日商会頭の任に就くや、『取引適正化』問題に取り組んできた。「中小企業の弱みの一つは、大企業との取引関係において、相対的に力が弱いということ」と三村氏。

 新日鉄の先輩で同社会長を務め、第15代東商会頭(日商会頭)を務めた永野重雄氏は大企業と中小企業の関係について、『石垣論』をぶった。

 皇居・二重橋前にある旧東商ビル2階にあった東商会頭室。その会頭室から、3百数十年前に建てられた旧江戸城(現皇居)の石垣を見て、永野氏は、「大中小、いろいろな形をした石が組み合わさって、石垣の強さを保つ。日本経済の強さもこの石垣の強さなんだ」と説いた。

 三村氏は、「これはいい言葉だと思います」と述懐しながら、「しかし、最近は、大企業と中小企業の結びつき、いわばこれまでの強い石垣に綻びが生じている」と語る。

本誌主幹・村田博文

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