2020-12-24

アマゾンも乗り越えられないネットスーパーの壁を乗り越えろ-- イトーヨーカドーはなぜ、メルカリ出身ベンチャー10Xを提携相手に選んだのか?

ネット通販の〝最後の砦〟と言われるネットスーパー。生鮮食品を扱うため、温度管理や配送など、通常のネット通販にはない〝壁〟が存在するからだ。イオンが英オカドと組んでネットスーパー専用の自動倉庫の建設を進めるなど、新たな動きが出てくる中、既存の仕組みを活かしながらスーパーのDXを後押しするのが2017年創業の10X(テンエックス)だ。
本誌・北川文子 Text by Kitagawa Ayako



アマゾンはライフ
イオンは英オカドと提携

 コロナ禍で消費者の行動が変化する中、改めて注目されるネットスーパー。だが、利用者は増えているものの普及とまではいっていない。生鮮食品を扱うため温度管理の必要性や野菜などが潰れないよう配送への配慮といった通常のネット通販にはない〝壁〟が存在するからだ。

 アマゾンもネットスーパーは試行錯誤の状態で、日本ではライフと提携。楽天も西友と協業するなど、ネット通販大手は既存スーパーと協力し、店舗を起点にネットスーパー事業を手掛けている。

 また、店舗とは異なる仕組みのネットスーパーに挑戦しようとしているのがイオン。
 2019年末に英オカドと合弁会社を設立。21年春にネットスーパー専用の自動倉庫の建設に着手し、23年からサービスを開始する予定だ。

 英オカドは2000年創業の「店舗を持たないEC専業のネットスーパー」。19年度の売上高はすでに2500億円規模に達しており、ネットスーパーのノウハウではアマゾンの先を行くと言われている。特長はAIとロボットを駆使した自動倉庫。商品を集める〝ピッキング〟などの作業を自動化してコストを下げる他、過去の販売データを活用して食品の廃棄ロスも最小限に抑えている。
 オカドは英国内で展開するネットスーパーのシステムを現地パートナーと組んで海外輸出、日本ではイオンと組んだ形だ。

 こうした中、スーパー大手のイトーヨーカドーが選んだのが17年創業のベンチャー企業10X。
 ヨーカ堂も店舗を起点としたネットスーパーを手掛けているが、なぜベンチャーをパートナーに選んだのか――。

「『タベリー』のようなレシピや献立と紐づいて食品を買える体験をイトーヨーカドーの名前でやりたいと言われたのが始まりです」と10X代表取締役CEOの矢本真丈氏は語る。

『タベリー』とは10Xが開発したサービスで、家族の嗜好や〝ジャガイモ〟など条件に合った食材を使った献立を提案し、必要な食材の買い物リストを自動作成するサービス。ネットスーパー事業に経営資源を集中させるため、今はサービスを終了しているが、矢本氏が自身の子育て中の経験から「考える家事の負担を軽減し、働きながら育児をする主婦の悩みを解決したい」と開発したアプリだ。

 このアプリの連携先としてヨーカ堂のネットスーパーがあり、その挨拶でヨーカ堂を訪問したところ、ネットスーパー事業の課題を感じていたヨーカ堂が関心を示し、課題解決に向けての協業が始まった。

 その成果が、今年6月に本格運用を開始した『イトーヨーカドーネットスーパーアプリ』。

 PC経由の注文の場合、「ログイン」し、「商品検索」と「かごに入れる」という作業を20〜30回繰り返し、「決済」して「届くのを待つ」という流れ。
 これをスマートフォンアプリにすることで、ログインの手間を省き、チェックを入れるだけで商品を選べるなど、1回の購入にかかる時間を短縮。アプリのレイアウトも「店舗と同じ売り場の流れ」にして感覚的に買い物できる仕組みになっている。
 また、タベリーのサービスを引き継ぎ、「鶏肉が安いから買おう」と決めたら、鶏肉を使ったレシピを連動して表示する。

 10Xの特徴は、アプリ開発だけでなく、その裏側で店舗が必要な作業もサポートすること。

 例えば、店舗に在庫のある商品しかネットスーパーで売れないため、在庫管理は重要な仕事。
 そこで、10Xは店舗が簡単に在庫管理できるアプリを開発。
「前日までの売上データから、いま店舗にある在庫を推測。そのデータをもとに棚卸作業の際、店員が目視でチェックし、ネットスーパーで売って良い商品か否か判断できる」ようにした。

 また、ネットスーパーで売る商品には画像や商品名などの「商品データ」が必要なため、小売業の販促支援を行うスコープ社と提携してデータを提供したり、セイノーホールディングス子会社のココネット社と提携してラストワンマイルの配送の仕組みも提供。
 ヨーカ堂だけでなく、小売店が個別に開発しなくても、ネットスーパーを簡単に立ち上げできる『Stailer(ステイラー)』を開発し、「全国のスーパーのDXをサポートしていきたい」という。

研究者、商社マン
メルカリを経て起業

 矢本氏は青森県出身の33歳。東北大学大学院時代は化学を専攻。リチウムイオン電池の劣化の原因となる正極と負極の摩耗を観察して原因を解明する研究に従事。だが、その頃、東日本大震災に遭遇し、自身も被災者に。ボランティアをしながら無力感を覚える中、企業による支援の大きさに感銘を受け、研究者ではなく就職を選択。

 丸紅に就職して資源部門でカザフスタン訪問やウラン開発などに携わるが「訴訟や会計など幅広いことを学べたが、肌感覚がなかった」とNPO法人に転職。被災地と企業をつなげる仕事を経て、子供服のEC事業の立ち上げに参画。事業が買収されたのを機に「プロダクト作りの経験」を積もうとメルカリに転職、17年に10Xを創業した。

 日本全国には約2万2000店のスーパーがあるが、地域に根付いた小規模店舗も多いため、ネットスーパーへの投資まで手がまわらない企業も多い。
 10Xは『Stailer』を提供し、既存のスーパーの仕組みを活かしながら、ネットスーパーや店舗のDXを支援。現在2000億円規模のネットスーパー市場を「10倍にしていきたい」と語る。

 IT業界は、トップ企業が市場を独占する世界。ネット通販の〝最後の砦〟と言われるネットスーパーでも巨大資本が先行投資で仕組み作りを進めている。
 10Xの挑戦には、大手独占でない市場づくりという意義もある。(2020年12月9日)

10X 矢本真丈氏
         矢本真丈・10X代表取締役CEO

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