2020-12-16

元厚生労働事務次官と、72歳で介護福祉士資格を取ったビジネスマンが語る「人が支え合う介護社会」

辻哲夫・健康生きがい開発財団理事長(右)、石井統市・介護福祉士


優秀な介護事業所を育てていくことも必要


 ─ 介護職員の給与が全職種と比べて低い問題の指摘ですが、解決の道筋をどのように見つけていけばいいですか。

 辻 昔から介護は家族がやってきたので、誰でもできる仕事だと思うのは誤解です。あえて申しますが、昔は命も今より短かったし要介護の人が長期間過ごすのはまれでした。だから介護は家族ができてきたのだと思うのです。何年も要介護が続いたり、認知症が進んだりしていくようなことは、今まで経験したことがなかったのです。従って、介護の問題をどう受け止めるかは、やはり石井さんが学ばれたような専門性が非常に重要なのです。

 介護に携わっている専門職は、誰でもできる仕事をやっているのではなく、人が老いたときのことをよく知っていて、専門的な観点から、できる限り本人が幸せになる方法を分かっている人です。こういう大変重要な仕事をしているのに、正当な評価を受けていないと思います。

 ─ 専門的な仕事なのに賃金が低くていいのかが問われているということですね。

 辻 社会的な評価も賃金も低いままで、多くの若い人が、人の喜ぶ顔を見たいという気持ちで一生懸命頑張っています。このことは日本の希望の光だといえるのですが、私たちはそれに甘えてはならないと思います。我々は弱ったときにちゃんとした介護を受けられるよう、この方々に対する評価をきちんとして、それに値する処遇をする社会に変えていく必要があります。

 先ほど言ったように85歳以上人口が1千万人近くになろうという時代、これから大介護時代がやってきます。ですから、介護を専門に学ぶ人材を育てる、そして介護を行う事業も施設に丸ごと預かる形ではなく、石井さんが勤めているような在宅の高齢者をバックアップする優秀な事業をしっかり伸ばしていく。そういう努力が必要です。

 介護従事者は自分の専門性を磨き、在宅を支援する介護事業所はしっかりした経営努力をする中で、介護職の処遇すなわち賃金、あるいは社会的評価を上げるということを、どこかの段階で社会が決断しなければ、よい社会にはなりません。このことをこれから、きちんと議論していく必要があります。

 ─ 社会の仕組みをどう作っていけばいいでしょうか。

 辻 処遇が低くていいと考えるのは、介護の仕事の大切さを社会が理解していない証拠です。大切な仕事にはそれ相応の処遇が必要です。しかも介護は人を幸せにする仕事です。医療が病気を治して人を幸せにするのと同じです。そういう大切な仕事に対して相応の評価をする社会にしなくてはいけません。

 石井さんは別の世界から介護の世界に入って、その仲介者の役割をしています。介護の専門性、その意味を説いて、もっと勉強しようと。家族も弱ったら人に預けて終わりではなく、親が幸せになるためにはある程度勉強して、もちろん専門サービスも使いながら、心豊かな社会をつくろうというメッセージを送っています。

 介護の専門職は大事な仕事なのだから賃金もきちんとお支払いしなくてはいけない、とみんなが理解していく必要があります。そのためにも石井さんが強調しているように、皆が介護について学ぶことはとても重要だと思います。

介護離職が10万人、経営者の方も考えて欲しい

小規模多機能型居宅介護のイメージ(厚生労働省のホームページより)

小規模多機能型居宅介護のイメージ(厚生労働省のホームページより)

 ─ 高齢者の一人世帯が増え、要介護者も増える一方で、財政負担も重くなります。どう考えればいいでしょうか?

 辻 予測では2025年に一人暮らしは高齢者世帯の4割弱になります。夫婦だけの世帯が3割強。子どもとの同居世帯はたった3割です。しかも人口は減りますから一人暮らしの人が皆施設に移っていったら地域は空き家だらけです。

 もちろん施設も必要です。重い認知症の一人暮らしの在宅ケアは難しいです。けれどもできる限り、入所施設に依存せずお年寄りが一人でも在宅で住み続けられる支援環境をつくっていくことが大事です。

 石井さんが勤めている小規模多機能型居宅介護事業所は、そういう方ができる限り在宅で生活を続ける支援をする事業所です。この場合一人暮らしでも家族の関わりは大変大事です。別居していても家族が関わり続けていれば、本人も幸せですし、介護の専門職もより良い介護ができるのです。

 小規模多機能型居宅介護のような在宅を支えるサービスをもっともっと強化していくと同時に、家族は同居していなくても専門職と協調しながら親を支援していく。石井さんが言っている家族介護は、べったり同居介護するのではなく、専門職の人も関わり親が一番喜ぶ状態にしてもらうように上手に関わる介護です。そのためにも、一度は介護を勉強しておくべきだと考えておられます。

 私はかつて行政に携わり、在宅ケアシステムを整備して、それを支える優秀な専門職を育てる一方、家族もケアに関わり合うという社会を展望して政策を進めてきました。介護は人が弱ったときのことを本当に理解することが出発点です。弱ったときのことが理解できれば人は温かい心を持つようになり、お互い思いやる社会になります。弱い人を身近なところから離してしまっては、温かい社会は生まれせん。その弱い人はあすの自分です。人ごとではない。弱い人と正しく接触する社会をつくることは、温かい社会をつくることです。

 どんなに経済が繁栄しても、温かい社会でなければ豊かな社会とは言えないと思います。だから介護に向き合うことは、決して暗い話ではありません。真に豊かな社会を目指すことが必要です。そうでなければ、人生100年、85歳以上を多くの人が幸せに生きる社会は構築できません。

 石井 介護をするのは本当に大変です。特に認知症の家族の方は。ですからとにかく一人で悩まないで欲しいです。地域包括支援センターが全国にありますから、相談して下さい。それで自分が楽になる。介護する人がやはり主役で、その人がまず精神的にも肉体的にも楽になってくれないと、いい介護はできないと思います。

 いま全国で毎年10万人以上が介護離職しています。日本にとって大きな損失です。経営者の方々にも、介護手当など、支援策を考えて温かく見守って欲しいと思います。

 ─ 菅・新内閣が「自助・共助・公助」という言葉を出しました。どう考えますか?

 辻 この国の形ともいえる考え方であり、地域包括ケアの分野にも当てはまります。自助は社会の基本です。われわれ自身が自分の健康は自分で守るよう努力する。でも歳を取ると弱る。これを遅らせることは可能で、その一番の方法は社会との接点を持ち続けることです。社会と関わりが減ったとき人は弱ります。これは東大の研究でも分かってきました。個々人の自己努力に加えて皆が地域社会の中で関わり合い、助け合うという営みが不可欠です。これが互助・共助です。

 しかし、最後は弱るのです。高齢期に弱るなど支援が必要になったときに、自助、共助だけでは無理です。だから介護保険や税金の様々な仕組みがあるのです。これが公助です。自助・共助だけでなく公助も組み合わされているから安心して過ごせるのです。

 この場合重要なのは、どれか一つだけが強調されるというのでなく、三つが適切にミックスされてこそ、社会の持続が可能だということです。

 そのような意味で、企業においても、例えば、社員の家族で介護の必要な人が出たときは、これまで申した通り介護保険の力も得ながら様々な形で家族が介護に関わることが必要ですので、企業内の互助・共助の精神によりその社員を支援して頂きたいと思います。それが経済界全体のシステムとして織り込まれている社会こそ、持続可能性のある温かい希望に満ちた社会だといえます。

 そのような意味で、今言われた石井さんの提言のように社員が介護離職をしないで済むよう積極的な取り組みを行う温かい企業文化を育むことは、自助・共助・公助という国の形に沿うものであると考えます。

Pick up注目の記事

Related関連記事

Ranking人気記事